教皇、ミュンヘン・マリエンプラッツへ
聖母像の下で熱い祈り
(2006.9.10 )

 

 ドイツ・バイエルン地方司牧訪問初日の9日、ミュンヘン国際空港で歓迎式に臨まれた教皇ベネディクト16世は、同市の中心街にあるマリエンプラッツ(マリアの広場)へと向かわれ、市民との感動的な出会いを持たれた。

 空港から市街地に向かう沿道の両脇は、バチカンの黄色と白の小旗を振る市民であふれ、教皇もガラス張りの特別車(パパモービレ)の中から人々に祝福をおくり続けられた。

 ミュンヘン旧市街地の核にあたるマリエンプラッツは、ネオ・ゴシック様式の新市庁舎と仕掛け時計のある時計塔で知られる活気あふれる広場。広場の真ん中には金色の聖母像をのせた記念柱が立っている。この聖母像は、三十年戦争(1618−48)中、スウェーデン軍による占領からミュンヘンが開放されたことに感謝してマキシミリアン1世が1638年に建立したもの。

 人々の歓声とミュンヘン大聖堂聖歌隊のコーラスに迎えられながら聖母像の下の舞台に着かれた教皇は、感慨に満ちた面持ちで挨拶をおくられた。

 教皇はこの場所に、ご自身の生涯の重要な転機、約30年前ミュンヘン=フライジングの新しい大司教として迎えられた時、さらにそれから5年後、教理省長官に任命されローマ出発前に聖母にこの町と祖国を託して祈られた時の思い出を重ねられた。

 加えて、教皇は幼少の頃から聞かされていた、最初のフライジング司教聖コルビニアーノの次のような言い伝えを思い起こされた。聖コルビニアーノは家畜をある熊に荒らされてしまったが、彼は熊への仕置きとして、ローマに旅をする途中、熊に荷物を背負わせた。熊はアルプスを越え、ようやくローマにたどり着き聖人から自由にしてもらったという。

 詩編73の「わたしは愚かで知識がなく、あなたに対し獣のようにふるまっていた。あなたがわたしの右の手を取ってくださるので、常にわたしは御もとに留まることができる」(同22、23節)という言葉について、聖アウグスティヌスは「獣」を農作業用の家畜と捉え、そこに背負わされた自分の司教職のイメージを見ていたことを教皇は紹介。

 聖アウグスティヌスは学者としての道を望んだにもかかわらず、神は荷車を引く動物として彼を呼ばれ、それゆえに彼は人々の一番近くにいて、神の導きのもとに司教として奉仕することができたと説明された。

 教皇は聖アウグスティヌスのこの解釈と共に、聖コルビニアーノの逸話は、常に自分の新しい仕事を喜びと信頼をもって果たすように勇気づけてくれたと話された。一方で、聖コルビニアーノの熊はローマで解放されたが、自分の場合、「主人」は私を違うように扱われたとユーモアをもって語られた。

 そして、教皇は神への奉仕に生きた聖母に倣い、私たちが忍耐強く謙遜であると同時に、また自由で勇敢でいられるようにと、聖母に子としての信頼を込めた熱い祈りを捧げられた。

 → マリエンプラッツでの教皇の聖母への祈り

 

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