主の洗礼の祝日を迎えた8日、教皇ベネディクト16世は、バチカンのシスティーナ礼拝堂で赤ちゃんの洗礼式をとり行われた。
「主の洗礼」の祝日とは、イエスがヨルダン川のほとりで、洗礼者聖ヨハネから洗礼を受け、その際にイエスの上に聖霊が下り、天から「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」という神の声が聞こえたという出来事を記念するもの。
ヨハネ・パウロ2世は、毎年この祝日に赤ちゃんらに洗礼を授けられていたが、故教皇の健康上の理由で行われなかった2004年と05年以来2年ぶりに、現教皇によってこの喜ばしい伝統の儀式が再開されることになった。
この日、教皇から洗礼を受けた赤ちゃんは10人。
ミケランジェロの「最後の審判」をはじめ、ルネッサンス期の巨匠たちのフレスコ画で有名なシスティーナ礼拝堂には、白いドレスにくるまれた赤ちゃんたちを主役に、その両親や小さな兄弟たち、そして代父母らが集い、大切な式を見守った。
教皇は、眠ったり、泣き出したりと表情も様々な赤ちゃんたち一人ひとりを優しく見つめられながら、それぞれの頭に洗礼の水を注がれた。
教皇は原稿を用いずに行われた説教の中で、「洗礼は贈り物、永遠の生命という贈り物です」と述べ、洗礼の重要さを強調されると共に、「洗礼によって子どもは、人生においても、またその死においても彼を決して見捨てることのない友人たちの仲間、すなわち神の家族に入れられるのです」と話された。
「50年後、60年後、70年後に世の中がどうなるのかは誰も知ることはできません。しかし、一つ確かなことは、神の家族は常に存在し、その家族に属するものは決して一人ぼっちではないということです」と続けられた教皇は、現実からの逃避や嘘や欺き、不正義、他人への蔑視、貧しい人たちへの連帯や責任感への軽蔑など、死に広く支配された文化を拒否し、キリストを受け入れ、命の文化を育てなければならないと訴えられた。
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