「神は愛」
ヨハネの福音と手紙を考察
教皇一般謁見
(2006.8.9)

 

 教皇ベネディクト16世は、9日、バチカンのパウロ6世ホールで水曜恒例の一般謁見を行なわれた。

 謁見中のカテケーシス(教会の教えの解説)で、教皇はイエスの十二使徒の中から、前々回に続き聖ヨハネを取り上げ、伝統的に同聖人のものとされるヨハネの福音書とヨハネの手紙を通し、その教えを考察された。

 ヨハネの著作中に際立つ特徴的テーマは「愛」であると指摘された教皇は、ご自身の最初の回勅「神は愛」でこのテーマを選んだのも偶然ではないと述べながら、「神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます」(1ヨハネ4,16)という言葉を極めてキリスト教固有のものとして示された。

 愛はキリスト教の本質的要素だが、特にヨハネは著作の主軸として愛を繰り返し強い形で説き、しかも抽象的な論述ではなく、キリスト教の愛の構成要素とは何かを3つの段階に分けて見せてくれると、教皇は紹介された。

 まず、第一にヨハネは愛の源として神を位置づけ、神は愛であると明言するに至っていることに教皇は注目。「神は霊である」(ヨハネ4、24)、「神は光である」(1ヨハネ1,5)という言葉に見られるごとく、ヨハネは新約聖書で唯一、神の定義をする著者であり、鋭い直感をもって「神は愛である」と宣言し、神の行為だけでなく、その行為の根源まで明らかにしながら、神に直接向き合い、その愛の無限の次元をもって神の特徴を定義していると説明された。

 そして、ここでヨハネが伝えたいことは、「神の本質は愛であり、すべての神の働きは愛から生まれ、愛に特徴づけられる、つまり、神のなさるすべてのことは愛のために愛をもってなされるということ」と述べられた。

 続いて教皇は、私たちのために受肉され、死に、復活されたイエス・キリストを通して神が人間の歴史に介入され、その愛を具体的に表されたことを、神の愛の第2の本質的段階として明示された。ヨハネの記述に「神は、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された(ヨハネ3、16)」とあるとおり、この献身的で完全な愛のおかげで、私たちは罪から根本的に贖われたのであり、全世界の罪を償ういけにえとして、私たちの救いのため自らの血を流すまでに達したイエスの極度の愛を前に、キリスト者はそれにふさわしく応えるにはどうしたらよいのかを自問せずにはいられないと、話された。

 こうして、神から先立って凌駕するほどの愛を受け取った者たちが、愛をもってそれに答えるように招かれていることを、愛の原動力の第3の段階として挙げられた教皇は、「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」(ヨハネ13、34)。というイエスの教えの新しさは、「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」(レビ記19,18 マタイ22、37−39 マルコ12、29−31 ルカ10、27)という従来の基準、すなわち「自分自身を愛するように」という人間から引き出された基準に飽き足らず、イエスご自身の愛が私たちの愛の動機、基準として新たに提示されている点であると強調された。

 すべての人に区別なく向けられているという意味で、また、尺度なく究極に至るまで愛するという意味で、愛は真にキリスト教的なものとなる、と教皇は述べられ、「わたしがあなたがたを愛したように」というイエスの言葉は、キリスト者たちを招くと同時に不安にもするが、それは不可能にさえ見える到達点であると同時に、現状にくつろぐことを許さない刺激ともなると話された。

 謁見中、悲劇的な闘争の続く中東へのアピールを新たにされた教皇は、「決して互いに対立しあうことがあってはなりません。あなたがたが兄弟でありたいのならば、手から武器を離さなくてはなりません。」というパウロ6世の国連での演説(1965年10月4日)における言葉と、「理性と善意、相手に対する信頼、責任者間の義務の遂行と協力が勝る時、時局を変えることができます」というヨハネ・パウロ2世の外交団への言葉(2003年1月13日)を引用された。

 最後に、教皇は、ヨーロッパの守護聖人でこの日記念された十字架の聖テレサ・ベネディクタ(エディット・シュタイン)を思い起こされ、同聖人の英雄的な福音の証しが、キリストに常に信頼し、その救いのメッセージを自らの存在の中に具現する上での助けとなるようにと祈られた。

 

 

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