聖ローザ・ヴェネリーニ修道女
(1656〜1728)

 

 聖ローザ・ヴェネリーニは、1656年、イタリア・ヴィテルボの旧家の医者の家庭に生まれた。幼い頃より優れた知性と感性に恵まれた彼女には、当時の良家の子女に約束された可能性、結婚生活か観想修道会への道が開かれていた。しかし、彼女の心の中にはそれとは異なる何か別の道、これまでの伝統の中には見出されない、教会と社会への奉仕への道が、ぼんやりとではあったが形を取り始めていた。

 ローザは神と人々への新しい形の奉仕の道を心に描きながら、苦しみと祈りの中に熱心に信仰生活に専念した。ヴィテルボ近郊のドミニコ会の聖母巡礼聖堂の神父たちと聖イグナチオの霊性によるイエズス会の神父たちの指導のもと、ローザは神からの呼びかけが具体化するのを待った。

 1676年の秋、ローザはヴィテルボのドミニコ会修道院に入会したが、数ヵ月後には 父が急逝、苦しむ母のために自宅に帰った。 24歳の時、ローザは近所に住む少女や主婦たちを自宅に招き、ロザリオなどの祈りを共に唱えるようになったが、多くの人々の霊的・文化的な貧しさと無知に気づき、彼女の召命の具体的な姿を認めるようになった。すなわち、それは少女たちにキリスト教的かつ文化的な教育を施すということであった。

 深い信仰と堅固な意志の女性、ローザは10年間にわたる試行錯誤と反省の後、生家をあとにし、1685年、ヴィテルボ司教の認可を得て、彼女の理想に共鳴した2人の女性協力者と共に、一軒の借家で少女たちのための学校を開いた。これが、イタリア最初の女性のためのカトリック学校、ヴェネリーニ教育修道会の学校の始まりであった。ささやかなものとはいえ、ローザが始めた女性のための学校教育は、女性たちの地位向上のための革命的な事業であった。

 この事業の有用性に気づいた多くの司教たちから請われ、ローザはイタリア中の多くの教区に協力者たちを派遣し、こうしてヴェネリーニ教育修道会の学校が次々に開設されていった。1713年、無原罪の聖母の大祝日にローザはローマに学校を開き、本拠をローマに移した。1761年、時の教皇クレメンス11世はローマの本部を自ら訪れ、ローザの教育事業を熱心に視察し、賛美の言葉を惜しまなかった。

 生涯を完全に女性教育に捧げたローザは、1728年、72歳で神のもとに旅立った。

 ローザが2人の協力者と始めた女子教育修道会は、現在ではイタリア国内だけではなく、アメリカ合衆国、ラテン・アメリカ、インド、アフリカ、東ヨーロッパ各地に広がり、創立の精神に従って女子教育に貢献している。

 

 

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