親愛なる兄弟姉妹の皆さん
初代教会の教父たちについてのカテケーシスを続けながら、今日はアレキサンドリアの聖アタナシオ(アタナシウス)について考察しましょう。
アタナシオは、東西の両教会において、キリスト教正統教義の柱として敬われています。アリウス派の異端に対し、アタナシオは神の御子の完全なる神性を力強く主張しました。そして、ニケア公会議で定義されたクレド(信条)によって表現される教会の信仰を擁護しました。
アリウス派の異端によって引き起こされた教会の困難な状況と痛ましい分裂は公会議によって終焉したわけではありません。アタナシオはニケア公会議による教義をあくまでも擁護したがために、336年から 366年の間に5回、計17年間もその司教座から追われ流刑に処せられました。
アタナシオはその生涯において多くの著作を残しましたが、神の御子の完全なる神性を擁護した「み言葉の受肉について」が有名です。神の御子の受肉は、私たちの救いの源です。アタナシウスは言います、「神の御子は人となられました、それは私たちが真の神の子となることができるためでした」と。
また、アタナシオは有名な砂漠の聖アントニオ伝を書き残しました。彼自身が実際に出会い知ることのできた聖アントニオの霊的な伝記です。この著書は東西両教会における修道生活の理想の伝播に限りない貢献をしました。
聖アントニオのように、聖アタナシオもエジプトにおける教会の偉大な聖人の一人として、その教えと模範を通し今日も全教会の歩みを照らし続ける「ランプ」のように輝いているのです。
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